2012年10月5日金曜日

グアテマラから来たファンカルロスさ (介助者編)


Hola! 
この立派な後ろ姿、誰だかわかるかい?



そう、僕、ファンカルロスです。
グアテマラからきました。
パパ&ママ、僕は元気だよ~!




Japonésのみんな、グアテマラってどこにあるか知ってるかい?



↑この真ん中の点さ。
でも、ちょっと小さくてわかりにくいな。


そう思って日本の外務省HPから下記の写真をコピペしたよ。



メキシコの右下にあって、中央アメリカでは一番人口が多い国なんだ。
といっても1400万人だから、日本の1/8くらいか。



国土面積は108,889㎡。
日本は377,930㎡だから、1/3くらいだね。




マヤ文明が栄えた国で、いまも国民の過半数はマヤ系のインディオなんだ。

経済的には中央アメリカの中くらいなんだけど、
1960年から1996年まで内戦があったので、治安や政治はまだ不安定なんだよ。


去年高校を卒業し、来年の1月から大学に行き、産業心理学を学ぶんだ。
いまは文学や詩、絵画を勉強している。


日本語で言うと、芸術系?
ま、それほどたいしたもんじゃないんだけど。
言葉遣いも知的な表現をするって、通訳さんに言われるんだ。



今回はリカルドの介助者として日本にやってきた。
でも、リカルドとは来日が決まってから初めて会ったんだ。

昨日のトップページを飾ったリカルド




「テッチョ」という名前のボランティア組織に登録して、
家の無い人のために家の組み立てを手伝ったり、
大きな会社から基金を募って障害者に配布する仲介役をやっていたんだ。

リカルドの介助者候補は僕以外にも沢山いたんだけど、
コナディの理事会が僕のこれまでのボランティア活動の経歴を見て
僕を選んだんだ。






日本に来て驚いたことがあるんだ。
写真に写った自分を見たら、

「誰だよこれ?  
 あれ、これ僕なの?
 何でこんなに太っちゃってるの…?」






















だって僕は2ヶ月前までご覧の通りのイケメン。

彼女も、僕が言うのもなんだけど、美人なんだよ。

僕がイケメンだから当たり前か。
彼女元気かな?


日本にきて、買い物はカードで支払っている。
それをみたメインのみんなは僕のこと、おぼっちゃまだと言ってるみたいなんだ。
でも、そんなことないよ。
僕のカードの口座はママと共同だから、支払いはママ。
ママ元気かな?



パパはリハビリ病院の院長。


















小学校6年生の妹もいる。

彼女は聴覚障害を持っているんだ。
人工内耳手術して補聴器もつけてるんだけど、これでほぼ日常会話は聞こえるレベルなんだ。










家は大きいか?ってセニョール佐藤に聞かれたんだけど、どうなのかなぁ。
部屋数は9つで、3階建て。
これって大きいのかな。
車は3台ある。
家はパパがデザインしたんだ。
パパ元気かな?

趣味は読書、詩を書くこと、写真、音楽。



←これは僕が神戸で撮った写真。
セニョール佐藤は「めっちゃうまいやん!」と
褒めてくれたよ。
















→こちらは京都で。
 日本のお年寄りも味があるね




音楽も好きなんだ。
ジミヘンやローリングストーンズとかUKロックが
大好きなんだよ。

ヒロシがカラオケに連れて行ってくれたから、軽く歌っちゃったよ。

グアテマラにもカラオケはあるんだけど行ったことがなかったので
初めての経験だったんだ。


ジミヘン元気かな?









あ、僕が生まれる前に死んでたんだ。




そうそう、もう1つ好きなことがあるんだ。
それはフィンガーボード。

←ちっちゃいボードが見えるだろ。
指で操るのさ。

youtubeにもあるから見てみてよ。
僕じゃないけど。

http://www.youtube.com/watch?v=yiSTx-FFg8g






メインストリームのメンバーはみんないい人たちだよ。
楽しいし、ちょっとやり過ぎな人もいるけど。
クールで若者を受け入れるような気楽なところがいいね。


エレベーターの中の写真が印象的だったな。
僕は写真のコラージュが好きなんだ。



研修はとても勉強になるよ。
みんな僕は興味がなさそうだと言うんだけど、
目を閉じて精神を集中しているんだ。





日本人は僕のことを、いつもipadやiphoneをいじっているから、
オタクだって思ってるみたいだけど、
ゲームは好きじゃないんだ。

日本にくる2日前に見つけて始めただけなんだけど、

やりすぎて通訳のHさんに怒られちゃったよ。








昨日は研修が休みだったので、リカルドと京都に行ってきたんだ。


京都の太秦映画村。
僕のおばあちゃんが京都の写真を持っていたんだけど、太秦そのものだった。
だから、京都はみんな太秦映画村のような風景だと思っていたんだ。

太秦では、浪人を一人斬ってきたよ。





日本での研修はとても勉強になっている。
グアテマラでもIL運動をやっていかないといけない。

リカルドと話したんだけど、自分も帰ったら一緒に活動に参加したいと思っている。
国を変えるのは、若者の責任だからね。





〇おまけ
かっちゃんの家にホームスティした時。
夜中にかっちゃんとリカルドが話をしていたんです。

かっちゃんが
「当事者が動かないと社会は変わらない。日本もそうやって変わってきた」
って熱く語ってるんです。

いい話だな~と思ってファンカルロスを見たら
ipadでシューティングゲームをしてました。


まいどo(*'▽'*)/俺ガリー!


日本に到着~♪研修のスタートや!ちなみに俺は一番右やで

皆知ってると思うねんけど、「JICA中南米研修」っていうやつでボリビアから来てん!
もう一人ボリビアから来ててな名前はホセ ヘラルドって言うねん!ええおっちゃんやで♪



ヘラルドさん俺よりアップで写ってるやん!あやぶーが小さ見えるわ(笑)

10月20日(土)までおるさかい宜しく頼んますぅ┌(_ _)┐
ほな、まずは自己紹介しまひょ。

生まれも育ちもボリビアの南部ポトシ県。首都のラパスから約440kmも離れてて、アンデス山脈の盆地やから標高が4000mあるねん!!ごっついやろ?!
それにな、金や銀がようけ発掘されててん昔は鉱山の町で栄えてたんやでぇ☆



こんなトコですわ

俺の家族は5人兄弟で長男がこの俺!
ほんで障害者になったんは9歳の時やねん。サッカーが大好きで友達と学校のグラウンドでサッカーしてたら給食の車に轢かれてもうて背中やられた(^_^;)笑うしかあらへんわ(笑)

それから車椅子生活になってもうたけどお陰さんで11歳の時友達に誘われて車椅子バスケに出会ってん。最初やる気なかってんけど見る度にやりたなってきて、20歳で本気モード入って今はキャプテンや!!

他にもテニスやハンドボール、水泳もやっててホンマにスポーツが好っきゃねん(>▽<*)v体は自由に動かへんけど障害者になって良かったと思うてる。


事務所で「自分史」語ってんねんで
(ここでは彼女がおる言うたけど、ホンマの所は遠距離の片想いやねん)

地元のサッカークラブでは『レアルポトシ』のサポーターやってんねん!海外では『レアル・マドリード』のファンで特にC..ロナウドが好っきゃねん♪

せやせや!日本に来る時にな、乗り換えのペルー・リマの空港でアルゼンチン代表と遭遇してん!!!!ほんでメッシが俺の2m先におってん・・・けどトラブルがあって空港職員と話すことに夢中で写真を撮るの忘れてしもた(泣)


まぁサッカーの話はこれくらいにしとこか。
今回日本に来ることになったきっかけは、もともと福祉の勉強がやりたかってん!ほならJICA地域別研修「中南米地域 障害者自立生活」の公募があって、それに応募してメインストリーム協会の代表カドっさん達とTV会議での面接を経て研修生として選ばれてん。ホンマに嬉しかったわぁ~o(^▽^)o
やっぱり日本の福祉は自分の国より進んでるさかい色々勉強になるわ。

この研修を通して自立生活センターの代表してはるカドっさんは色んな意味で凄いと思った

ボリビアにはまだCILは無いねんけど何人か自立してはる。せやけど軽度の障害者だけやし、俺の友達には家から出ない人ばっかりやさかい今回の研修ではすべての事柄について学ぶことが多かったな。「自立」っちゅうもんは自分のことは自分でやるんちゃうねん!自分で選んで自分で決めるっちゅうことが「自立」やってわかったし、街や制度をええもんにして欲しい思たら自分自身が強い意思で運動せなアカンて教えてもろた。

あと、メインストリーム協会に来て色んな障害者と出会ってんけど勝ちゃんや江口ちゃんのような呼吸器をつけている人が働いている事は想像してへんかってごっつい驚いた(゚o゚;;TVニュースで見たことはあってんけど実際に会ったことはないねん。生きてるもんなんやねぇ!!
これも自立生活が出来る制度があって、介助者がおって、障害者が役割を果たしてるさかい一人一人が生き活きしてるんやわ!ほんま。
ボリビアに帰ったら学んだことを生かしていきますわ。


ほんで、毎日研修っていう訳ちゃいまんねん。休みの時は海遊館や日本橋、王子動物園に行ったんやけど初めて電車に乗ったさかい人生で一番オモロかった♫
みんなで行った初めての居酒屋も最高やった(≧▽≦)

日本の飯は美味い!!

事務所で作ってくれた、関西言うたら「たこ焼き」!

みんな真剣やで(笑)
 畑さんもアツアツのたこ焼きを冷ましてはる!脳性まひは基本ねこ舌やねんな。

フウフウ!フウフウ!

そんな畑さん言うたら「自立の王様」☆彡家に行ってもかまへん言うことでホームステイさせてもろうたんやけど、それはそれは貴重な時間を過ごせました!言葉が通じへんくても心は通じる♡

「自立の王様」がオモロい話を頑張ってはります(笑)

最後に初めて食べた辛子明太子でナイスショット♪

この辛さがええわ!
食べ過ぎたら誰かさんみたいに入院してまうから皆さん気ぃ付けや!なんでもほどほどが一番やで!
ほなほな、俺の話もほどほどに(笑)
覚えたてのつたない大阪弁を最後まで読んでくれておおきに(*^_^*)

まずは俺が自立生活を果たして、その経験を活かしてボリビアでも重度障害者が当たり前のように地域で暮らせる社会をつくっていきまっせ!!

2012年10月3日水曜日

オラ!おらはロサだべ。



オラ!おらのなめぇは、 ロサ だす。ニカラグアがらきますた。
まず、はずめに、おらのことをちょっくらしゃべろうかと思います。

後ろの人っこ、気になるべども、あどでしゃべるから 待っててたんせ。

中学校4年生の時に、すったげ高けぇ熱が出て、体が全く動かなくなっただよ。それで、いろんな病院をあっちに行ったりこっちに行ったり、たらいまわしにされて1年半、もったりまげたりだったんだな。んで、結局首都のレオン県さある病院に戻ってきたんだども、リハビリにたいした時間がかがってしまって、2年半も経ってしまったらずよ。

25歳さなった時に、キューバの病院の医者様にギランバレー症候群と診断されただ。

そこから、ほんとは心理学を勉強してがったども、コンピューターを勉強することにしただ。

その後、また発病して、今度は東洋医学「針」治療をして、全身が針まみれになって、まるでハリネズミのようだったらずよ。

こったら感じだな。めんけぇハリネズミだな~。
 
 
左が今回の介助者、ゴルドン。


 
 
おらとゴルドンは、2009年に、日本さ来だったホセアントニオの紹介で出会っただよ。ホセアントニオは、その当時いた団体ADIFIMを辞めて(辞めさせられて!?)新しく団体を立ち上げただ。おらはそのメンバーで、ゴルドンもADIFIMを辞めて、新しく作った団体さ来てくれただ。

そして、今回一緒に日本に来る事さなっただ。




日本で、自立生活運動をしこたま勉強して、ニカラグアに帰ったらニカラグアの障害者観さ変えて、
平等な世の中を目指すだ!どんな重度な障害があっても「生きてていがった!」と思える社会さ変えていきたいだ。それがおらの夢だし使命だと思ってるだ。


後ろの痩せこけたぼっこは、「きりやん」というアシステンテというらしいけど、いぎなりおらの肩をもみだして、すったげビビったけれど、心もほぐれたし肩もほぐれただわ。



これは、新井優子さんのえ(家)さホームステイに行ったんだども、優子はアシステンテをつけぇながら、一人暮らしをしていただ。アシステンテを手足のように使ったり、時には秘書のように使っていたりで、その様子を見てすったげたまげただ!!

私の伝道師、廉田さんもしゃべっていたように、みんなは一人で生きていると錯覚しているべ。みんなは自分一人でやっていると思ってることも、実は一人ではねんだ。例えば、一人で電車に乗って映画さ行ったどしても、電車を運転してくれる運転士がいて、映画を上映してくれる技師がいて…しゃべりだしたらきりがないくらいのたくさんの人が「一人で映画さ行く」ために動いているだよ。これって障害者が介助を使って生きていくこととどう違げぇのかと考えだら、結局は同じことなんだべな。

ちなみに、このTシャツの人は亡くなった友人です。わりぃな。悲しまへるごど書いて。


日本て、なんて自由なんだべか。今日だばマクドナルドさ行ぐべかなと思ってるだ。



日本のマクドナルドは、すったげうめぇな~。日本がすげぇんだかマクドナルドがすげぇんだか、分がんね。なんでって?なんでならニカラグアのマクドナルドとおんなじ味だ。



なんで日本が自由かというと…おらはニカラグアで家族みんなで住んでるだ。お父お母と、兄弟3人で、15歳の姪っ子が私の世話をしてくれているだ。お母は、しこたま過保護で、恋愛が禁止だっただ。でも、こそ~とやることはやってあったどもな(笑)

ちなみにニカラグアでは先生みでったことをしていて、わらしっこがたに読み書きを教えていて、その他に歯科技工士の仕事もしていただ。
ちなみに、廉田さんも歯科技工士の仕事を勧められたってしゃべっていたな~。

こんなのを作ってただ。
こんなのもあるだ。
 
もっと写真を見せてぇども 、これ以上やってたら歯科技工士の講習会みてぐなってしまうから、これでやめておぐわ。
 
ちょっこっと話を戻すども、ニカラグアでは恋愛禁止だったども、日本の活動家のこのお方♡
 
 
 
 
聡に愛を注いでしまいそうだわ♡
 
 

2012年10月1日月曜日

ミス パラグアイよ~



オラ!日本の皆様コモエスタ。私はパラグアイから来たアドリアナよ、ア・ド・リ・ア・ナ!



 


みんなにはアドリー♡と呼んで欲しいわ。


そして、こちらが私の介助で一緒に来ているパティよ。




 







 









    アドリー と

















     パティ よ。
















皆様、覚えてくれたかしら??

ペルドン。しつこかったかしら?私の悪いくせなのよね。一つのことを聞かれると10しゃべらないと気がすまないの。
私は、交通事故で障がい者になったのだけど、この「1聞かれて10答える」のも日本の皆様には障害じゃないか?なんて思われているみたいだけど、これは、性格なのよ性格!

今は事故の後遺症で、忘れっぽくなっちゃって困っているのよ。昔は、記憶力が良くてね〜。

物事を写真としてそのまま記憶することができたのよ。どう?すごいでしょ?ふふふふふ〜♥

ま、これも何かかもしれないけど、気にしないわ〜!
では、皆様に少し自己紹介を…。

私はパラグアイから来たアドリアナ、去年の研修生テオと同じ団体で活動しているわ。去年、テオが日本で勉強した
自立生活のこと。最初は半信半疑で聞いていたんだけど、熱心に話しているのを聞いて興味を持ったわ。
重度障がい者が公的な介助を使いながら地域で生活するなんて、なんて素敵なことなの〜!



パラグアイもそんな国にしたい!と思ったわ。

テオって、発展途上国に来た宣教師ザビエルさんみたいだったのよ。

覚えているかしら? 昨年のパラグアイ代表 テオ よ。




熱心な話ぶりにすっかり私も日本に来て勉強してみたくなったというわけよ。

でも、日本に来て、テオよりもすごい宣教師がいたわ!彼こそ本当のザビエルね!



セニョール かどた よ。彼はいつ寝ているのかしら。謎ね。

あれ?どこまで話したかしら?夢中になって話していたら忘れちゃったわ。

ええ〜と、そうね。少し私のこと少しお話しましょう。


私は1978年にパラグアイのルケという街に生まれたわ。今は34歳。意外と若いでしょ。
家族は別居中の父母入れて7人で、私は5人兄弟の1番目の長女よ。ね、しっかり者の雰囲気出てるでしょ〜?

昔は本当に美人でね。街で評判の美人だったのよ。数多の男たちをどうやって断るのかに頭を悩ませていたわ。
特に15歳の時のセレモニー。白のドレスを着てその当時のボーイフレンドと一緒に踊ったのよ。
その様子を収めたビデオは今でも私の一番のお気に入りなのよ。
自分史でもみなさんに見てもらった、私の15歳のセレモニーのビデオ。

パソコンに入っているから、ぜひ見たい方がいらっしゃればいつでも私に言ってちょうだい。
説明付きで見せちゃうわよ〜!

ほんと、私。とぉーっても綺麗だったんだから!
あら、今も綺麗ですって?ありがとう♡大人の魅力もいいけれど、若さには勝てないわよ〜オホホホ〜!
そうそう。綺麗といえばこの二人もなかなかよ!

あら、きりやん。頭がじゃまよ。


さすがの私も負けたかしら??二人の若い時が見てみたいわ。


ペルドン。脱線しちゃったわね。
で、そんなこんなで、1996年2月、18歳の時に交通事故にあってね。
忘れもしないカーニバルの日。その日私はバンの(日本では軽トラっていうのかしらね)後部座席に乗っていたわ。

そこから友達が水風船を投げていたんだけど、私は投げずに座っていたの。その時、急ブレーキがかかって、友達が私に倒れてきたのよ。一瞬の出来事だったわ。そこから意識がなくてね。
院で支えてもらいながら立ち上がろうとした時に、首に激痛が走ってね。
どうやら首の骨をポキッとやってしまっていたのよ。日本でいう頚損ってやつよ。

それと頭を強く打っているので、高次脳機能障害にもなったわ。それで記憶力が悪くなってしまったのよ。
最初はとても落ち込んだけど、今はこれも私と思って受け入れているわ。


さて、ここからは日本でのとても素晴らしい研修の話をするわね。
やっぱり日本の障がい者の世界は進んでいるわ!

介助を上手に使ったらどんな重度の障がい者でも自分らしく生活ができるということを肌で感じているところよ。


今回、パティに介助で来てもらっているんだけど、なかなか遠慮してパティに言いにくい事とかあったのよね。ぶっちゃけ。

例えば、休みの日のプログラムね。海遊館や動物園に行くプログラムを用意してくれているんだけど、
セニョール沖田はいつも「行きたい人が行ったらいいよ。疲れていたら休んだらいいし。みんなで行かなくてもいいよ」って言ってくれるのよ。

でも、いつもパティと相談してみないと…って思ってしまうのよ。
パティは行きたいかしら?休みたいのかしら?ってね。

でも、それは違うのよね!

もちろん長い時間一緒に居るのだから楽しく過ごしたいのはもちろんだけど、

やっぱり「私の決定」が大事なのよね!研修の半ばにきてそんなことがわかるようになってきたわ。自分で決めること。それが自立なのよね!

そうやって自分で決めて、その決めたことを介助者が反映してくれている。自立の王様の畑くんや、
優子やメインストリームのメンバーはそれを上手にやって、介助ありきの生活を楽しくしているのよね!
残りの時間で、もっとそこらへんを見て、ぜひパラグアイでもこのシステムを作りたいものだわ!
あら、私。またまた喋りすぎちゃったかしら?いやだわ。このしゃべり出したら止まらない癖。
まだまだ話したいことが沢山あるから、みなさん私と気軽に話してくださいね〜!
みなさんから話しかけられること、私は大歓迎よ!
それと、テレレをよく飲んでいるので、テレレを飲みたい方もお気軽にどうぞ。



テレレとマテがどう違うかですって??
テレレは冷たいお茶、マテは温かいお茶よ。私はテレレが好きね!でっかいポットでいつでも持ち歩いてるわ。







そうそう。それと、私。意外と大食いなのよ!この写真。


やっぱりマクド。落ち着くわ~。


分かるかしら??マクドナルドのLLセットを食べてるところよ。

日本の女子は、「LLセットなんて食べられな〜い!」なんて生ぬるいこと言っちゃうけど、

中南米では余裕よ!よ•ゆ•う!

女子たるもの、これぐらい食べられなくちゃ男だって食べられないわよ〜!オホホホホ〜!
これからも、ブイブイいわせていた頃のようにボーイフレンドを作りまくるわよ〜!

あらやだ、また喋りすぎちゃった。

ではでは、ここら辺で本当に失礼するわ!
チャオチャオ〜!