2010年12月3日金曜日

国会フォーラム 開催!!

国会に入るところ。「アカン!こがれへん!うさみ!押して!」
の、最近おなじみの構図。






こんにちは。うさみです。

中米ブログも残すところあと2回。明日で最後です。

今日はサンホセでのメインイベント、12月3日の障害者の日に合わせて行われた、障害者自立法の国会フォーラムの日でした。このフォーラムは、コスタリカのメンバーが企画し、国会議員などを呼んで、障害者の自立について理解してもらい、障害者自立法のスムーズな決議を促すために開催されたフォーラムでした。もちろん、場所は国会です。コスタリカの国会の会議場でフォーラムをやれちゃうなんてすごいですね~。


国会の中庭。ヨーロッパ的でなかなか素敵でしたよ!


9時30分から始まったフォーラムは、まず、コスタリカメンバーのウェンディとルイスエルナンの発表から始まりました。

11月30日にペレセレドンのコンセホでのセミナーと同じように、障害者の自立運動の歴史や日本で自立の理念を勉強して自分がどう変わったのかという話をしていました。コスタリカメンバーの自立セミナーはほんとに上手で、日本のメンバーの出る幕無し!というくらい完璧でした。





みんな自信満々で前に出ている姿は、かっこよかったですよ~!!






その後、廉田さんがいつもの畑君のビデオを見せながら話をすることになりました。畑君のビデオは去年のコスタリカ訪問の時にいろいろな所で行ったセミナーで見せているので、会場の3分の1くらいの人は見たことある人でした。


畑君!さすが有名人!!
慣れた様子で説明をするアイダさん。
服もなかなかきまってますね!







いつもはビデオを見ながら廉田さんが説明を入れるのですが、コスタリカメンバーは自分たちで何度も自立セミナーをやっていて、畑君のビデオの説明も自分たちで出来るということで、今回はアイダにビデオの説明をやっ
てもらっていました。




突然お願いしたのにとても上手で、笑いを取るところでは笑いが取れていて、なかなかやるな~と思って見ていました。









ビデオの後は廉田さんが、コスタリカ国会議員などを前にして話をしました。障害の責任の話や障害者の介助は贅沢なものではなくて、国の公共事業と同じという話をして、国会議員の人はそれを聞きながらうなずいていました。





最後は国会議員の人のスピーチだったのですが


与党の議員アリシアさん

与党(PLM党)議員のアリシアさんは、

『自立法の内容を考えるときから、障害者の参画を考えています。この法律は私たちのものではなく、あなたたち(障害者)のものです。なにが必要なのかきちんと教えて欲しいし、一緒に作り上げていきたいと思っています。』と言っていました。

また、PAC党のエウゲニアさんは、『障害者の状況を悪化させているのは社会のせい』と認めた上で『文化にバリアがあると障害者の社会参画が阻まれるので、その文化を壊さなければならない。』と言っていました。これは障害者の自立運動に一致するなと思って聞いていました。

健常者が障害者の存在を無視して作り出した文化の中では、障害者の社会への参加、参画は難しくて、既存の文化を壊して新しい文化を作っていくことこそが障害者運動だから、そんなことを言ってくれる国会議員がいるコスタリカでの介助制度が出来る日はそう遠くないと思
いました。

国会議員みなさん



そして、フォーラム終了後、早速ウェンディとルイスエルナンが、与党議員のアリシアさんの所に行って、具体的に法律の中身を考える会議に障害者が出席できるよう話を付けてきていました。交通費の話も出来て、ウェンディは大喜びでした。

石橋さん曰く『あんなに嬉しそうなウェンディを初めて見た』と言っていました。

コスタリカのみなさん、これからが本番ですね。障害者が社会の中で阻害されることなく、持っている能力を最大限に発揮できる社会を作れるような法律の制定を目指して頑張ってくださいね。

法律作成の会議に入る約束を取り付けている
ウェンディさんとルイスさん




国会でもらったお昼ご飯。
コスタリカ味じゃなくて、普通のラザニアでとても美味しかったです。
テラスでみんなでお食事中。



午前中でフォーラムが終了し、午後からはグアテマラ、ニカラグア(ホセアントニオのグループADIFIM)、ニカラグア(サンドラ)、ホンジュラスとの個別の話し合いでした。
各国1時間の予定で考えていたのですが、最初のグアテマラで1時間半使ってしまい、
その後もちょっとずつ延びてしまって、結局終わったのが7時でした。

私は、終わってすぐにブログを書き始めているのですが、佐藤さんと廉田さんは爆睡中。かなりお疲れの様子でした。


簡単に言うと、まず、グアテマラは金銭的な部分で困っていて、活動することが出来ないという現状がありました。

ロレーナちゃんは「仕事を辞めて真剣に取り組もうと思ってやってみたけれど、日本からの支援はなにもないし、子どもを養っていかないといけない状況があって、この1年半は本当に辛かった。今は再就職している。けれど、グアテマラの障害者のために辞めるわけにはいかないから、たとえ支援がなかったとしてもやっていく」という決意になりました。


グアテマラとの真剣な話し合い。熱意がバシバシと伝わってきました。


「これから仲間集めをして、運動をしていって、いよいよ自立センターを立ち上げられそうというときには、テレビ会議をしてもう一度報告してください。」ということで落ちついたのですが、このグアテマラの話が一番長く、一番しんどかった話でした。

熱い想いに真剣に答える廉田さん。

次はニカラグアのホセアントニオさん。

ホセさんたちの活動は、形としては自立生活センターではないけれど、やっていることは自立生活センターそのものでした。障害者の介助制度の法律を国会で承認させたり、障害者の生活保障のための年金法案を提出してもらうようにしたり、障害者の特別医療制度を作ったりと、いろいろな活動をしてました。


そして、3人の一人暮らしをしている障害者に対して、今はボランティアだけど介助者を派遣していて、その養成も行っていました。

メインストリーム協会で行っているように大学をまわり介助者になってくれるように呼びかけて、そして養成するなんて自立生活センターそのものだな~と思って聞いていました。

次はまたまたニカラグアのサンドラさん。サンドラさんは昨日の話では、8人の障害者を自立させているという話だったので、それがどんな仕組みで行われているのか詳しく聞きました。
サンドラさんの団体はイギリスの団体から支援を受けていて、そのお金で介助者を雇い、パイロットプロジェクトとして障害者の自立を進めているとのことでした。3年間のプロジェクトらしく、その間に政府に対して介助制度を作るように働きかけないといけないみたいです。サンドラさんも、強力なリーダーシップでニカラグアの女性リーダーとして頑張っています。


最後はホンジュラスのカローラさん。



ホンジュラスは先週話を聞いているので大体のことはわかっていたので、そんなに突っ込んだ話にはなりませんでした。

でも、カローラさんが『2年前に日本行った時に、障害が治る薬があったら飲むかどうか聞かれて、そのとき内心は飲みたいと思っていました。でも、ゆっくりでも自立運動を進めていく中で、今は、はっきりと飲まないと言えます。

それは、私は障害があるから障害者のことをわかることが出来て、そのために今の活動があります。もし、障害がなくなったら本当に障害者のことをわかることは出来ないです。私から障害を取らないで欲しい。』とはっきり言っていました。

カローラはホンジュラスに帰っていろんな団体をまわり自立生活のことを伝えてきました。今でこそたくさんの仲間が出来て、ホンジュラスの障害者から『自立生活』の言葉を聞くことが出来るけど、ここに来るまでには孤独を味わっていたそうです。

でも諦めずに進んでいった結果がこの言葉なんだなと思うと、ジ~ンとして、その場所にいた日本人はみんな感動していました。これからもゆっくりかもしれないけれど確実に前に進んでいって欲しいです。

という感じで今日は一日終わりました。

明日はみんなで話をするのも最後!明日はどんな話になるのでしょうかね。私も眠たいので、ここら辺で終わりにします。ではでは。


めっちゃ私用ですが…。日本時間の今日(12月3日)は父の誕生日。電話は出来ないけど、ここで。お誕生日おめでとう!娘は頑張っていますよ~。お父さんも仕事大変だろうけど頑張ってね~!!



ではでは、失礼しました。



おまけ
なぜか、国会の中にあった顔出しのパネル。
とりあえず一枚取ってみました。

2010年12月2日木曜日

4カ国活動報告会  

こんにちは。佐藤です。

今日は4カ国の研修生の活動報告会でした。9時から5時までまる一日かけて、じっくり聞きましたよ。



トップはグアテマラ。
ロレーナとアンヘリカ、そして去年のニカラグアの研修には参加できなかったホセマリアの3人が報告しました。グアテマラはこの他にも2名が日本に研修に来たのですが、帰国後活動していないので、今回はこの3人だけとなりました。


日本での研修を終えて帰国してから、自立生活の理念を広げるためにいろんな団体をまわったこと、なかなか協力を得られなくて困っていること、自立生活のセミナーを企画していることなどが報告されました。特に訴えていたのは資金が得られないということです。デモを企画しても交通費が払えないから参加者が集められない、自分はこの活動をしたいのだが資金がないから給料がなくてできない、日本からの支援を得られないのか、という話が出ました。
ここは大事なポイントです。







廉田が、「日本からの資金援助をあてにして活動をするのなら、やらなくてもいいです。確かに生活費は必要なものだが、メインストリームがグアテマラのメンバーの生活を保障することは出来ない。この活動は本当に社会を変えたいと強く思わないと出来ない活動です」という趣旨のことを伝えました。
資金不足はどの国も共通の課題なので、金曜日のまとめの時にもう一度話し合うことにしました。


2番目はコスタリカ。


一昨日の話し合いで自立生活センターの立ち上げが決まっているので、発表は勢いがありましたね。ルイスアルベルトとマイノルがパワーポイントを使って報告していました。

マイノルが「20年後に他の国に自立生活運動を教えに行くことを夢見ている。いまは日本人が教えに来てくれている。将来的には私たちが他の国に出て行って協力できるようにしたい。失敗を沢山すると思う。いまは難しいがめげずに続けていくことが大事だと思っている」と言っていたのが印象的でした。
頑張れコスタリカ!



お昼休みを挟んで、3番目はニカラグア。


最初にホセアントニオが、自らが代表を務めるADFIMの活動を報告。重度障害者を探して自宅訪問をしていること、大学をまわって38人の介助ボランティア集めたこと、障害者年金制度の法律の制定を目指して運動していること、他団体と協力してコミニティレベルの運動を展開していることなどが話されました。











続いてサンドラ。
サンドラは昨年FEMUCADIという組織を立ち上げており、ここの活動の報告をしていました。










右奥の人は日本人です。念のため。



そして、最後はホンジュラス。このブログでおなじみのカローラが報告しました。

「私は日本に行って、人生が大きく変わりました。日本で自立生活を学んではじめて重度障害者が自立できると知ったからです」と言っていましたね。

印象的だったのは、
「私が研修を行うときのテクニックについて話します。3種類のシャツを持って行きます。会場に来ている3人の障害者の親に、私に服を着させてくださいお願いをします。すると、ひとりも私にどの服を着たいかを聞きませんでした。今日は暑いから半袖の服にしますねと、優しく私に言ってくれるが、私にどの服を着たいかは聞かない。向こうが判断している。そういうことをしてもらった後に自立生活とはどういうものかの説明に入ります」
バッチリですね~

この話をウエンディが聞いて、自分でアレンジしたものが、昨日ジセルがやったロールプレイなんだそうです。ナイスコンビネーション!

 5時までみっちりやって、今日のプログラムは終了。
僕は昼ご飯を宇佐見に買ってきてもらって会議室で食べたので、今日は9時から5時までずっと同じテーブルの前に座っていましたが飽きませんでしたね。それぞれ厳しい状況の中、頑張って活動している話を聞くのは、嬉しかったです。

 
 さて、実は今日はもう一つ重要なことがあったのです。
お昼過ぎに廉田がコンセホ(国家リハビリ特殊教育審議会)という国の機関に行ってきたのです。目的は、事務局長のアドリアーナさんに会って、今後の活動に協力してもらうように要請することです。

コスタリカは自立生活センターを設立することが決まったので、私たちはそれを支えるように資金援助の方法を探っています。日本の草の根技術協力という制度を活用できないか、廉田はこちらに来る前に日本の担当者に会って話を聞いてきたのです。
そこで問題となったのは、助成が終わった後にちゃんと残るものがあるのか、何も残らないようなら助成が難しいということでした。具体的には介助制度ができるかどうかというようなことになるのですが、それはやってみないと分かりません。確実に出来るとは、どの国だって言えませんね。
そこで政府機関のコンセホが、介助制度を作りたいと望んでいるか、それに対して協力してくれるかを聞いてきたのです。結果は、ぜひすすめたい、必要ならレターも書くと言ってくれたそうです。一歩前進しましたね~。土砂降りの雨の中、タクシーで1時間かけていった甲斐がありました。


 夜はバラバラの行動だったのですが、私たち日本人4人組みは、晩ご飯食べに外に出てきました。このホテルは街の中心地にあるので、ちょっと歩いたら名所があるのですよ。
ということで、今回の旅行で初めてのプチ観光。写真撮ってきましたのでご紹介。

国立劇場前。笑ってますね~


へんな彫刻発見! 上海万博へ行った人、わかりますか?
上海万博のコスタリカ館にどーんと展示していたコスタリカの有名な彫刻家の作品だそうです。
やっぱり笑ってるね~ 充実してるからね~

さて、今日はこれで終わり。
コスタリカ滞在もいよいよ残り3日。
明日は国会でシンポジウムと講演やってきますよ~

2010年12月1日水曜日

いよいよ最終段階へ


昨夜はみんなでホテルのレストランで夕食を食べた後、ルイス・アルベルトの部屋に移動して買っておいたビールとワインで、ちょっとした祝宴をあげました。まだ何が始まったわけではないのですが、ひとまずここで自立生活センターを作ることが決まって、みんな盛り上がってました。


ペレスセレドン最終日の今日は、朝から雨が降っていました。ぼくがこれまでコスタリカに訪れているのは6月から12月の期間なのですが、雨の降らなかった日は記憶にないくらいです。雨期がある国というのは、ほんとに毎日雨が降るんだな〜とあらためて驚いているところです。昨年11月にもっと雨の多い首都から北側の地方に行ったとき、バケツをひっくり返したようなという表現がありますが、ほんとにそんなすごい雨が毎日降っていて、最近のエコツーリズムで有名なこの地域の熱帯雨林はこの雨が作り出しているんだとわかり、生命とか生命の多様性とかの元になっているのはこの水なんだと、その雨を眺めながら思ったものです。

さて、今日は朝からペレスセレドンのリハビリ審議会の一室で研修生たちが企画したミニセミナーがありました。リハビリ審議会とは、コスタリカの厚生省の管轄にある組織で、日本の社協に当たると説明しておけばさしあたって間違いではないでしょうか。ペレスセレドンはブルンカというもっと広い地域の一部になるのですが、このブルンカ地方を対象としたKaloieというプロジェクトをJICAがやっていて、そのコスタリカ側のパートナーになっているのが、リハビリ審議会なのです。こちらのひとは審議会のスペイン語に当たるコンセホという通称で呼んでいます。ぼくたちが2008年からやっている中米の障害者の研修は、もともとこの地域の障害者をエンパワメントする方法のひとつとして始まったのがもともとの始まりだったのですね。


8時30分開始のはずだったミニセミナーは、予定どおり?9時を回ったくらいに始まりました。
司会はルイス・アルベルト。まず、ルイス・エルナンとウェンディが「自立生活運動とは何か?」というレクチャーを、集まったこちらの障害者・健常者あわせて40人ほどの聴衆にむけて行いました。パワーポイントを使った無駄のない説明で、自立生活運動の歴史から、自立生活センターの機能と役割まで、スマートなすごく分かりやすい解説でした。面白かったのは、親と暮らしていると障害者がどんな不自由な思いをするのかを、ジゼルが会場に来てる人たちを使ってコント仕立てで実演するコーナーで、お母さん役に扮したジゼルが、お腹がすいたとかトイレに行きたいと訴える障害者役の観客を、洗濯しながら何時間も放っておく演技がコミカルで会場は爆笑になってました。

後半は佐藤さんが、トライで北海道に行ったときの話をして、運動をしているとそれが理解されないでつらい思いもするかも知れないけれど、自分のやっていることがいいことだと信じてやっていると、必ずそれを誰かが見ていてくれているものだから、がんばってほしいと。これから自立生活センターを作ろうとしているコスタリカメンバーにエールを送ってい
ました。



コンセホ内にある自立生活センター事務所予定地。小さい
けどここにみんなでひっつきながらやっていきたいとジゼル。



コスタリカの家庭料理Olla de Carne
肉の煮込みみたいな意味です。

石橋陽子さん。夏にメインストリームにも来てくれましたね。
この研修の言い出しっぺです。この人がいなかったら中米研修はなかった。


ジゼルのお母さんが作ったトルティージャです。タコスを包む皮ですね。
とってもおいしかったです。

昼食をコンセホの食堂でよばれた後、コスタリカメンバーみんなといっしょにバスに乗り込んで首都のサンホセに移動。到着し、ほんとはここでご飯でも食べて、後はゆっくりするところですが、今日はここからが本番のようでした。ぼくらが着いてから約2時間ほどして、空港からニカラグア、ホンジュラス、グァテマラの研修生たちが同じバスで到着し、ホテルのロビーは車いすだらけで、あちこちで抱き合ったりしながら、懐かしがっていました。介助者も来ているので、多い人数がさらに多くなっていて、ニカラグアのジョセのお姉さんがサンホセに住んでいて、妹に会いに来たりしていたので、ロビーは一時たいへんなことになっていました。


到着直後。ホセマリアにカローラ、サンドラのおしりが見えてますね。



ニカラグア組とアンヘリカ。大人な二人ですね。


みんなで中華料理屋へ。いつもの視線のロレーナ☆


みんなで中華料理を食べて帰るとけっこういい時間になっていました。さらにぼくはアンヘリカにつかまっておしゃべりしてたので、もう2時になるところです。そろそろ寝ないとね。おやすみなさい。明日は中米全体でミーティングです。



おまけ。事務局長の寝顔ショット。「リベンジ?」「そうです」。by うさみ

2010年11月30日火曜日

2011年早々にコスタリカで自立生活センター設立&自立生活スタート決定!




みなさんこんにちは。うさみです。

今日はコスタリカ3日目。

昨日のコスタリカチームだけの話し合いの結果を、日本人を交えて話し合う日でした。
朝9時から始まった話し合いは、まず、コスタリカからのアクションプランの発表から始まりました。今年の研修員(マイノルさんとルイスアルベルトさん)が帰国した後に、自立センターをペレセレドンで作る話が具体化し、そのためにはどんなことが必要で何をしなければならないのかを話し合ったことが発表されました。





朝からみんなで話し合い


コスタリカからのプランを廉田さんがツッコミます


日本で勉強した自立センターのことをきちんとつかんでいて、それを具体化するためのプランをわかりやすく説明していました。


実際には、過去に日本に研修に行ったことがある研修員が来年の2月を目処に全員ペレセレドンに移り住んで、パイロットプロジェクトとして自立生活を進めていくことが話されていました。そのための家探しや生活費の捻出、介助者探しやその養成など具体的にどんなことをするのかの話までしていました。

そして、その実現のためには実際にいくらぐらいのお金が必要でどこから捻出できそうなのかの話にもなっていました。

必要な経費を模造紙にまとめているところ。


まとまった経費を説明中


コスタリカ国内では、団体が法人格を持つと政府関係の団体から金銭的な支援を受けることが可能で、法人格がうまく取れることが出来れば、資金繰りも何とかなりそうな予感がしてきました。ただ、これらの支援は永久的に使えるものではなく、パイロットプロジェクトとして、ある一定の期間だけの支援になるそうです。


そのため、1年ないし2年の間には何かしらの成果を出さなければ、その後の支援が打ち切られてしまうといった危なさも持ち合わせていました。



ただ、今コスタリカでは障害者の自立法という法律が議論されていて、昨年度はその法律の重要優先度が175位だったのが、今は42位まで上がってきていて注目されるようになってきているそうです。その流れの中で自立生活センターが出来てこのプロジェクトがうまくいくと、より自立法の制定に近くなるチャンスの時だそうです。



ウェンディさんは、

「今は実家に住んでいて、自分の介助をしてもらうために個人的に介助者を雇っています。その費用は年金だけだとまかなえなくて、手芸の内職をしながらお金を稼いでいます。でも最近は自立生活センターを作るための活動が中心の生活になっているのでお金を稼ぐことが出来なくて、もしかしたら個人的に雇っている介助者を雇えなくなるかもしれない。けれどもこの活動をして、自分が自立することで障害者の自立法を作るときのモデルになることが出来る。自立法が出来てコスタリカに介助制度が出来れば、個人的に介助者を雇う心配をしなくても良くなり、よりこの活動に力を注ぐことが出来ます。コスタリカに自立法が出来るように全力で関わっていきたい!!」と熱く語っていました。


他のメンバーもそれぞれに、自立センターや自立運動に対する思いを熱く語っていて、コスタリカのメンバーの真剣さが伝わっていました。



熱い思いを語る一回目の研修生のアイダさん。彼女が日本に来て、自立生活は私の夢!
という一言で、自立センターを作るプロジェクトが広がりました。


去年の研修生のルイスエルナンは、彼の住んでいる地方(ゴルフィート)ですでにいろいろな活動をしていて、団体も作ってしまっているため、それを放り出してペレセレドンに移り住むことは出来ないという事情で、今回のペレセレドンでのプロジェクトからは外れました。
しかし廉田さんが「ルイスはコスタリカの介助制度を作るためのキーパーソンだと思っている。いろいろな事情からペレセレドンに住んでみんなと一緒に活動が出来なかったとしても、コスタリカに介助制度を作るという点ではみんなと同じように活動していって欲しい。そのためには親と一緒に住むのではなく、親から独立して自立する道をゴルフィートで作っていって欲しい。」伝えると、その方向で動き出しているという答えが返ってきました。


大学の試験の関係で一日遅れで来たルイス君

ルイス君は介助者が見つからなくて妹と来ていました
この研修が始まったときに、中米の国の中で、治安的にも経済的にも自立センターが作りやすいのはコスタリカだと思ってコスタリカと関わっていました。

でも、3年やっ
てみても真剣に腹をくくってやるというようには見えなくて、ホンジュラスからコスタリカへの移動中には「腹がくくれないのなら、自立センターを作るのは辞めにしましょう」という話をしようかどうかという話まで出ていました。

けれども真剣な眼差しで自立センターを作る思いを聞くことが出来て、こちらも前向きに支援を考えていく方向性を持つことが出来ました。



今までは研修で出会った「友だち」でしたが、これからは自立生活センターをやっていく「仲間」になれたことが何よりも嬉しかったです。

これから、いろいろと大変なことがあると思うけれど、日本から応援しているのでコスタリカで重度障害者が自分らしく生活できるように社会を変えていって欲しいと思います。

で、出来ればコスタリカに修行研修行きたいな~と思いました。

そのために私も日本でもっともっと頑張らないといけないと思いました。

自分の人生をかけて頑張っている仲間を応援するためには、自分も人生をかけて日本で自立生活運動をしていかなければ、彼らと対等に話をすることは出来ないし、何より私の言葉が嘘になってしまうというプレッシャーも感じました。

さ~、私も日本でがんばらないと!!!


で、今日からの新メンバーの紹介です。
今日から2人男の人が参加しました。ホセ・アントニオさんとフアン・カルロスさんです。2人とも脊損で、ペレセレドン郡に住んでいます。

これから、この自立生活センターのメンバーとして頑張っていってほしいものです。


ホセ・アントニオさん。32歳だって~。 
フアン・カルロスさんの写真は撮れませんでした…。

それと、今日から通訳として同行してくれるフランクさんです。

彼はペルー人なのですが日本に10年間住んでいたことがあり、日本語はペラペラです。って、プロの通訳なので当たり前ですよね。初めてコスタリカに来たときにもフランクさんが通訳をしてくれていて、「コスタリカ一の通訳」と井上さんが言っていました。とてもわかりやすくて良かったですよ~。あと4日、よろしくお願いします。


来年、日本に遊びに来るそうです。そのときはメインに寄ってくれるそうです。
待ってますよ~!!

さて、ここで一つ。

会議をしながらコーヒーを飲むのですが、それと一緒に食べるビスケットが美味しいんです。ブラックコーヒーにビスケットを浸して、ちょっとフニャっとなったところを食べるのが最高!!
おいしいコスタリカコーヒーと甘いビスケットがマッチしてなんとも言えないおいしさがあります。
コスタリカの人は甘いコーヒーに甘いビスケットを浸してますが、それはちょっとね…。私には…。ブラックコーヒーと甘いビスケットでちょうど良い感じです。ちょっとお行儀悪くて日本では怒れそうですけど、ここはコスタリカ。郷に入らば…。ですよね。

今日はオレオとブラックコーヒー。
みなさんもぜひ試してみてね。
ではでは、明日はいよいよ首都サン・ホセに入ります。
長かった中米も残すところ後4日。
明日からはめちゃくちゃ濃い4日間が始まります。

ではでは、私たちはブエノス・ノーチェス!!アスタ・マニャーナ!