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2010年12月5日日曜日

次のステップへ  みなさん ありがとうございました

こんにちは。佐藤です。


11/21に日本を出国し、ホンジュラス、コスタリカとまわってきましたが、昨日全プログラムが終了し、本日帰国の途につくことになりました。2週間にわたって毎日書いてきたブログもこれで終了となります。終わるにあたって、今回の訪問の感想を少しまとめてみたいと思います。

 まず、今回の訪問で一番嬉しかったことは、来年早々にコスタリカで自立生活センターを立ち上げることが決まったことです。これまでメインストリーム協会に研修に来た6人の障害当事者のうち5人がペレセレドンに集まって、自立生活を実践し、自立生活センターを立ち上げることになりました。生活費はどうするか、いろんな機関に交渉して実現しようと考えていますが、まだまだ未確定なものも多く、険しい道のりが予想されますが、5人がまとまって決断したことに、心から祝福をしたいと思っています。
まだスタート前ではありますが、ここまで来たのはコスタリカのメンバーの強い想いと、JICAのみなさんのご支援、そして来日したときのメインストリーム協会のメンバー全員のがんばり(盛り上げ)が結びついたものだと思っていま。きっと、関わってくれたみんなが、自分のことのように喜んでくれていると思います。
コスタリカで自立生活運動センターの運営が軌道に乗るように、メインストリーム協会はこれからも支援を継続していきたいと思います。

2つ目は、中米全体で自立生活の理念が広がってきていると言うことです。ホンジュラスとコスタリカを訪問しましたが、いろんな人から自立生活という言葉を聞きました。この自立生活という言葉は、古い理念である「経済的な自立」を意味して使っているのか、私たちの自立生活運動の理念である自立生活という意味で使っているのか、どちらかわかりませんでした。そこを問いただすと、みんなが自立生活運動の理念で使っていると答えました。なぜ、こんなに広がっているのか?それは、研修生が帰国後に様々な人や場所を訪ねて、日本で学んだ自立生活の理念を伝えていたのです。帰国研修生たちの努力によって、中米にも確実に自立生活の理念が広がっていました。いますぐに自立生活センターという形で実現できない国もありますが、この動きは今後必ず良い方向に進んでいくと感じています。



昨日のまとめの全体ミーティングで、家族からの自立について全員で議論をしました。自立生活運動をするにあたって、家族からの自立というのは大変重要なポイントです。スタッフ自身が家族から自立しているかどうかは、そのセンターの運動全体に大きな影響を与えるのです。これまでメインストリーム協会では、パキスタン、ネパール、カンボジア、台湾、韓国、モンゴルの自立生活センターの支援をやってきましたが、国によっては大家族制で、家族から離れて暮らしたくないという文化の国もあります。この文化を超えられるかどうかが、その国で自立生活運動が発展するかどうかの鍵を握っていると思っています。中米も家族との同居という文化が非常に強い地域です。ここでスタッフ自身が本当に家族から独立し、自立した生活を実践するかどうか、私たちが気になっていたところなのです。
そこで、昨日、最後のまとめでこのテーマを取り上げて議論したのですが、かなり興味深い話し合いになりました。これを読んだら、こちらの国の人たちの感覚や、これからやろうと思っている気持ち、そして、日本にいるメンバーが3年にわたって伝えようとしてきたことが確実に浸透していると実感することが出来ると思います。廉田の説明の仕方も非常にうまく、興味深いです。
今回の訪問のまとめとして、昨日のこの議論の様子を全文掲載し、2010年中米訪問のブログを終わりたいと思います。



■テーマ;家族からの自立につて
○ルイスアルベルト(コスタリカ)
障害者が家族と一緒に住んでいても、親は支配的じゃないという家庭もある。そういうのも考慮して欲しい。家族と一緒に暮らしていても自立できるということを考えてみてもいいんじゃないか。家族と離れて暮らすのは中米では難しい。家族同居の方がコスト的にも削減できるということもあり、同居している面もある。
○ホセマリア(グアテマラ)
両親と同居していたら、両親が死んだときのリスク高い。いなくなったら1人で暮らしていけない。なので、離れて暮らしていた方が良い。障害者の成長を考えたら、離れて暮らした方が良い
○ルイスアルベルト
中米の文化では、障害を持っていない人でも家を出て独立して生活していない。自立生活の前提条件で家族と離れるというのを入れると、文化的な違いがあって、うまく進まないのではないか。文化の違いを考慮すべき。
○ホセマリア
グアテマラでは、今、ある障害者が自立生活運動に参加しようとしている。彼は家族と同居していて、居心地が良い。家族にいろんな面で助けてもらえるから。責任を負わずに自立したいと思っている。居心地が良いから残るのではなく、本当に自立するためには家族と離れた方が良い。
○ホセアントニオ(ニカラグア)
ルイスとホセのコメントは、1つ同じ点に触れている。経済的な点。障害者は経済的な自由がないと、家族に支配されてしまう。だから、障害者が経済的に自立しないと自立生活が成り立たない。家族がお金を払っている間は家族のいうことを聞かないといけない。
障害者の中には年金をもらっている人もいる。その年金を家族(両親)が管理したいという家もある。それは、障害者の年金を家族が欲しいから、独立させたくない。年金が家計の一部になっている。
○サンドラ(ニカラグア)
私たちが運動を行う上で、私たち自信がモデルにならないといけない。初めて自立の考えを聞く障害者は、家族と離れるのは怖いと考えている。今日参加している私たち全員が自立生活のモデルにならないといけない。私はニカラグアで戦争があり、やむを得ず自立生活をした。大変だったが、あのときから自立を始めて良かったと今は思う。ここにいる人の中には家族と離れて暮らすことに不安を持っているかもしれない。いま不安があっても、将来的には必ず、あのとき自立して良かった思える。
○ルイスアルベルト
ラテンアメリカでは、サボるのが習慣。政府が年金制度を作ったら、わざわざ働かなくなる。自立生活は自分の決断権がある。社会に貢献する義務があるにもかかわらず、貢献しなくなる。矛盾するのではないか。
○ウエンディ
自立生活の理念は、年金制度や介助制度を作り、障害者はそれをもらって生活する。そのかわり、社会へ貢献への義務もあるんですよ。もらったものを返さないといけない。仕事や講演を通して、自立生活の理念を社会に広げる役割を果たすことが必要。
私はホセマリアの意見に同意します。すぐに自立するのではなく、徐々にすることが大事。私は最初怖かった。このプロセスに参加してやっと来年、家族から離れて自立生活をする決心をした。知識がなかったら,急に家族から離れろといっても理解されない。ある程度長い間、理解を深めてから家族と離れるようにした方が良い。
○カローラ(ホンジュラス)
ホンジュラスで自立生活運動を始めたときに、家族に何度か講義をした。多くの家族は反対意見を言ってきた。私が「もし、あなたたち両親が亡くなったら、子どもは1人で生きていけるのですか?」と聞いたらみんな黙った。そういうのをみせた後に、両親に話したのは、あなたに今できることは、両親が亡くなっても生活できるようにしてあげることですよ。家にいながらでも、子どもの決断を尊重する、自立する支援をする、障害者にも家族に頼らずに自立できると働きかける。最初から家から出して自立させるのではなく、準備していくのが良いんじゃないですか。
私の家族には障害者が私の他にもう1人います(弟)。弟は私より重度。父は、自分が死ぬ前に彼に死んでもらいたいといつも言う。子どもは親よりも長生きして欲しいというのが普通の親の願い。障害児の親は逆になる。私がお母さんなら、子どもに長く生きて欲しい。
○ロレーナ(グアテマラ)
今話している議論は単純。家族を離れて1人で住んだ経験のない人は怖いし不安。1人で住んだ経験がある人は、住めるという実感がある。私は息子と2人で生活している。だから、不安もなく慣れた生活。1人暮らしは大変だけどできますよと、人にアドバイスすることができる。私たちの仕事は、初めて自立する人にサポートすること。それをするためにはみんなで協力し合うことが必要。自立している人同士が協力し合う。1人で住みたい人に、住んだことがある人がアドバイスしたり、サポートする。
ルイスは家族と一緒に生活して居心地が良い。ウエンディは家族と住んでいるが自立したい。だから、来年自立する。ルイスさんに対して良い事例になる。
○マイノル(コスタリカ)
3ヶ月前に家族を対象とした研修をした。自立生活に関わるプロセスを説明した。なぜ、自立しないといけないのかなど。それ以上に家族に対してあなたの子どもは自立する権利がある。家族にも(子どもの介助から)自由になる権利がある。ワークショップに参加した家族で、あるお母さんだけ反対した。外部の人に大事な子どもの面倒はみせられない。心配だからそんな制度は使いたくないと言っていた。自立生活運動の進め方は、障害者だけにすすめるのではなく、家族に対しても同時にやらないといけない運動です。
ロレーナさんの意見に賛成する。この分野の教育を中米で最初に受けたのは私たち。私たちがモデルにならないといけない。簡単にできることではないというのは知っている。自立生活は簡単にできることではないと理解した上ですすめること、私たちがモデルになってすすめることが必要。
○廉田
親のプログラムも大事です。東京の自立生活センターは親のILPを早くからやっていた。20年前にメインストリームをはじめたときに、親のプログラムをやろうと思ったが、私たちは若かった。いくら親を説得しようと思っても、親の方が年上で強くて、あんたらみたいな若造にえらそうに言われたくないと怒られた。親は強い存在なのです。いまは私もいい年になって、障害児の親と同じくらいの年になり、やっと対等に話せるようになった。

自立生活とは何なのかハッキリさせたい。来年2月にコスタリカではピアカン講座やります。参加には条件があります。自立生活している人、もしくは自立生活を目指す人。私たちはILセンターのスタッフですが、スタッフになるためには条件があります。それは、自立している人。これは大前提。自立生活を教えるのだから自立していないと教えられません。
じゃあ、どういう状態を自立生活というのか。この人、親と暮らしているけど自己決定しているな、していないなという判断基準は出来ない。まず、大前提として親から独立しているのは誰もがわかりやすい条件。ルイスが言うように親と一緒にいても自己決定できる人はいるかもしれません。とっても優秀な障害者なら出来るかもしれません。それは全部の障害者の中で1000人に1人くらいのわずか人。障害が重度になればなるほどその割合は低くなる。
私たちが目指しているのは、優秀な障害者が自立することを目指しているのではないです。どんな障害者でも自立できるような社会をつくりたいのです。それは自己決定できる環境ということです。自己決定したことが実現できる環境。障害者の親子は独特なので、まずは親から独立することです。

みなさんの国もスペインの植民地だったと思うのですが、スペインから独立しましたね。スペインの植民地のままで独立とは言わないのですよね。スペインの植民地のままがいいですか? → NO (スペインには金を沢山盗まれた(サンドラ))
いろんな文化があると思いますが、中米は怠け者の文化だとルイスは言ってましたが、文化は文化であるが、自律の文化を創り出したのは私たち障害者です。障害者が作り出した自己決定という文化は健常者にも広がっています。私たちの自立生活というプログラムは親からの自立が大前提で、環境を整えていくのです。
カローラが言うようにいきなり自立は難しい。プロセスはいろんな形がある。日本のように環境が整っていても、自立するまでに3年かかった人もいる。
国連障害者の権利条約にしても、昨日の国会フォーラムにしても、私たち1人1人に自立する権利があると言ってましたよね。一人ひとりが自立した生活を送れる環境を作ることが私たちの仕事。目指しているのは親からの自立ということを共通認識としたい。

※おまけ廉田
障害者観を変えること。私は障害を治したいとは思っていない。障害のある自分が好きだから。障害があって生きていく人生が楽しいと思っているから。そういう考えで生きていくと、健常者はビックリすると思います。イメージが変わる。
障害を治して欲しいのではなく、社会の方を直して欲しいと思っている。健常者に障害者になりたいと思わせる社会にしたいと思っている。



号外 コスタリカでお世話になったお2人をご紹介

こんにちは。佐藤です。
いま、現地時間の午前10時40分です。このあと、いよいよ出発し、帰国します。
その前に2つ、ブログをアップして、終了としたいと思います。
まずは、コスタリカでお世話になったお二人をご紹介します。


■JICA専門家 石橋陽子さん(コスタリカ駐在)

井上さんがブログで書いていましたが、メインストリームとJICAが協力して始めたこのプログラムをつくった人です。

石橋さんがコスタリカ側からこういうプログラムをやりたいとリクエストし、JICA大阪(当時)の西村さんがメインに声をかけて実現したのです。この人なしにはこのプログラムはなかったんですね。なので、ぜひ、メインストリームのメンバーに紹介したいと思います。いつも焦ることなく、メチャメチャ落ちついた人なんです。

1995年に大学卒業と同時に海外青年協力隊のバレーボール指導員としてコスタリカにやってきました。協力隊が終わった後もコスタリカに戻って大学院に入学。修士取得後JICAのプロジェクトで通訳をし、その後、JICAのコーディネーターに応募し、専門家となりました。コスタリカに派遣されて今年で9年目。JICAはリハビリの支援を目指していて、コスタリカ側はCBRとか人権に目が向いていて、この狭間で苦しかったが、踏ん張った甲斐があった。コスタリカが声を発してくれたおかげで、メインストリームと一緒にやれている、やってきて本当によかった。

ちなみに、先日、日本で開催された世界バレーにコスタリカのチームも出ていましたよね。あのメンバーのうちの4人は、石橋さんが協力隊でバレーを教えていた人なんだそうです。
好きなことは、休日にジセルの家にいってコーヒー飲んだり、一緒に買い物したり、部屋に集まってワイン飲んだり話をしたりするそうです。完全にコスタリカメンバーに溶け込んでいます。

○このプログラムをリクエストしたきっかけはなんですか?
長い間JICAが協力して、コスタリカで障害関係のKaloieプロジェクトが立ち上がりました。Kaloieプロジェクトはいろんなテーマが入った大きなものになってしまい、障害者のエンパワーメントが薄くなっていると感じていました。コンセホ(国家リハビリ特殊教育審議会)からも、コスタリカでは当事者運動が育たない、障害者関係の法律(バリアフリーなど)があるのに、当事者が訴えていかないから何も変わらないという悩みを聞いていました。ニーズ調査をして、当事者運動が弱いというのも知っていました。そこで、Kaloieプロジェクト以外で、当事者をエンパワーメントするプロジェクトが出来ないかと思い、リクエストしました。
私は、本当のところ自立生活運動はどういうものか良く知らなかったのです。障害者のエンパワーメント程度にしか理解していませんでした。最初の頃は、自立生活センターを設立するまでは考えてなかったし、介助制度をつくるというところまでも考えていなかったのです。2008年6月に初めて廉田さん、井上さん、西村さんが来てくれたときに話し合って、自立生活センターの設立を目標にしたのです。

○なぜ、当事者運動が大事だと思ったのですか?
コスタリカにはバリアフリー法みたいな障害者の法律がありますが、守られていません。ちゃんと守らせるためには当事者の運動が必要なんだと思いました。JICAも障害者支援に関わってきて、専門職が多くて、サービスの向上にばかりに気を取られて、障害者の生活まで目が届いてないと思いました。

○このプロジェクトをやってみてどうでしたか?
とってもよかったです。日本に研修に行った人たちが原動力となり、プロジェクトが進んでいきました。省庁も動き出しました。3年間で正直ここまで存在感を示せるようになるとは思わなかったです。

○今回の訪問はどうでしたか?
メインの人に会うと、コスタリカのメンバーは元気が良くなるのです。私たちは、顔を合わせてフォローしていますが、具体的なアドバイスは出来ません。運動をどうしてやってやったらいいかわからないところを、直接指導してくれるのは心強いです。10月に合宿をしたのですが、そのときにコスタリカメンバーは自立生活センターを立ち上げるというプロジェクトを持ってきました。そのときは、本当にやるのか半信半疑でした。今回、腹を割って話し合って、みんなやりたいと言ってくれました。ルイスエルナンはレオクラードに残って運動をします。他の5人はペレセレドンに引っ越してきて、センターを立ち上げることになりました。新しいビジョンが出来たのは本当に良かったと思います。
私はコスタリカ組み(メンバー)の一員と思って活動しています。コスタリカでも自立生活を理解してくれる人が少なくて難しいのに、日本で応援してくれる仲間がいると実感しています。これがとっても嬉しい。感激しています。私はメインストリーム協会がコスタリカでやっていることを、見えるように報告していかないといけないと思いました。

○石橋さんの今後の計画は?
2012年の2月まではコスタリカで、JICAのKaloieプロジェクトで働きます。その後はプロジェクトが終わるので無職になります。子どもをもう1人産みたいと思っています。一旦帰国しますが、またコスタリカに戻ってくると思います。そのときは、出来ればコスタリカの自立生活センターの理事会のメンバーに入れて欲しいなと思っています。

○メインストリーム協会のメンバーへコメントをお願いします
本当にありがとうございます。これからもオールジャパンで出来るだけのフォローをしていきたいと思っています。メインの人たちの存在が彼らの原動力になっています。マイノルが帰国してから「メインストリームのようなセンターをつくりたい、私たちもメインみたいに人が集まってくる場所を提供し、家族のように1つの目標に向かってやっていきたい」と言っていました。私たちを応援してくれる仲間が日本にいると、本当にうれしく思っています。


■通訳のフランクさん

今回の通訳はフランクさんでした。

この人、ものすごく通訳が上手です。ほとんど同時通訳みたいに話を止めずに訳していけますし、長いこと話をしても、忘れずにちゃんと全部訳してくれます。難しい日本語もスラスラ訳します。さらに、一昨日はミーティングを丸一日一人で訳し続けていましたが、夜になっても全然へばっていませんでした。井上さん曰く「中米一の日本語通訳」です。メチャメチャ親切でいい人ですよ。








スペイン語の翻訳や通訳の仕事があれば、ぜひ、下の写真に連絡してください。フランクさんの会社です。

○経歴
1977年生まれ。ペルーのリマ生まれ。10歳の時にお母さんが青年協力隊員だった今のお父さんと再婚し、北九州へ引っ越す。19歳まで日本に滞在。1996年にお父さんがJICAの職員となり、コスタリカへ配属され、そのときに一緒にコスタリカへ移住した。以来ずっとコスタリカ在住。

○この研修について思ったことは?
廉田さんの通訳は最初来たときに続いて今回が2回目。研修の通訳をしていて思ったのは、自分は怠けているな、もっとできることはあるな、自分は障害を持ってないけど、一緒に何かやりたいと思いました。障害者に対するイメージ全然変わった。これまではかわいそうだと思っていたが、いまは「すっげぇなぁ」と思っている。

○日本人で合いたい人はだれですか?
北九州の板櫃中学時代のバスケ部のメンバ-。中嶋実という親友。メインの畑君(DVDを何回もも見ているから)。

○メインのメンバーへコメントをください
語学のことでなにかあれば、ぜひ連絡ください。メインストリーム協会のホームページをスペイン語に訳そうと思っています。

2010年12月4日土曜日

最終日!

今朝のサンホセ。来てからずっと雨だったのですが、やっと晴れ間が。いい気持ちです。

こんばんは井上です。いよいよ11月21日に日本を出発してホンジュラス〜コスタリカと回ってきた中米研修フォローアップも最後の一日になりました。昨日の夜は7時に国別の個別の面談が終わった後、部屋に帰ってちょっと休むつもりだけだったのが、そのまま眠ってしまって晩ご飯も食べないまま朝まで眠りつづけてしまいました。知らないうちに疲れがたまってるんですね〜。



さて、今回のコスタリカ訪問で、これまでのこちらの人たちに自立生活運動を伝えるといった目的だけでなく、自立生活センターをじっさいに作るという具体的な目的がスケジュールに上がって来たのは、すでにこのブログでもお伝えしていますね。それと同時にいくぶんロビー活動とも言える会談がいくつかあったのもお伝えしました。一昨日コンセホのアドリアーナさんを訪問したことや、昨日の国会でも活動もそうですね。

さらに今朝同じようなミーティングが一つありました。ここコスタリカでの活動は、KaloieというJICAのプロジェクトをベースにしているのですが、このプロジェクトは12年の3月で終わってしまいます。せっかく自立生活センターが立ち上がって、介助制度を作るパイロットプロジェクトが動き出しても、もしKaloieからの支援が途絶えてしまうと、せっかく動き出した運動も尻つぼみになってしまいかねません。

そのためには、プロジェクトが終わった後もこちらのJICAが責任もって支援をつづけることが必要です。今朝は毎日ミーティングを行っているぼくたちのホテルに、JICAコスタリカの一柳直仁所長と柳原麻紀子さんに訪問していただいて、研修生が最初会ったときからどれだけ成長したか、現在本格的な自立生活センターがはじめて中米で立ち上がろうとしていること、さらに介助制度が国の制度としてできる可能性もあることなどを訴え、そのためにメインストリーム協会としても、介助者養成のボランティアを送ったりする用意があることや、日本のJICAと協力してパイロットプロジェクトの資金を申請しようとしていることなどを説明しました。

結論からいうと、いい感触だったと思います。順を追ってこれまでの経過と成果、これからの見通しなどを説明すると、とても好意的な反応が返ってきました。ホッとして朝からまた一仕事終わったような空気になりました(ロビー活動については、今週の『週間メインストリーム』を読んでくださいね)。




中米研修生のフォローアップも今日で最終日。今日は最終日でまとめをやります。まず最初に昨日ニカラグアのサンドラから要望のあった、自立生活センターのお金の流れがどうなっているか、経営について解説すから始まりました。収入の主である介助料の出所はどういうものか、それを介助者の人にどう分配して、どれくらいのお金が事務所に残るかを実態に即して具体的に話しました。

後半、これが今回の現地研修の最後になるのですが、親や家族から独立して暮らすことが自立生活センターをやることの前提であることを確認しました。障害者にとって、親というのはどんな場合でも必ず支配的であること。家族と一緒の自立生活を考えたとき、そこでできあがる介助制度は必ず、障害者その人ではなく、親を楽にするための法律になってしまうことなど、日本でも研修したことを改めて確認して、研修生全体でブレがないようにすることが目的でしたが、実際彼ら自身もこちらに帰ってきて、実際に親の保護下で自分の意志を持てない障害者にもたくさん出会っているようで、このことは研修生自身も実感として感じていることのようでした。今も親と暮らしている研修生たちも、まず自分たちから始めないといけないね、という方向でも一致していました。これまで、なにか最後の詰めに入るとちょっとあやふやなことを言っていたのが、今日はみんな言い切っていて、最初の頃と変わったなぁーと感じていました。
レクチャーの模様をUstreamで中継してみました。録画された物がここにあるので、また見てくださいね。








水に突入直前のウェンディと介助者のエベリン
午後からは、せっかくコスタリカにみんな来てくれたのだから、みんなをどこかに連れて行きたいというルイスアルベルトの提案で、リフト付きの大型バスを借りて、遊園地に行きました。ブエブロ・アンティグオという古いコスタリカを再現した町に、アトラクションが併設されている施設です。もちろん日本にあるような最新の遊具はないのですが、ジェットコースターや、高所から落下してくるやつなど、ひと揃い揃っていて、驚いたのは、乗りたい人は誰でも簡単に乗ることが出来たことです。

ぼくらはよく様々な海外からの研修生たちを連れて、大阪のUSJに行きますが、今日案内してくれたルイスアルベルトが乗れる物は一つもありませんでした。ここまで無制限に乗せるのもどうかと思ったのですが、日本のUSJでやられているような規制は明らかに行き過ぎだとあらためて感じました。色んなことも見たり聞いたりするのはホントに大事ですね。


プエブロ・アンティグオの園内。美しい夕日でした。

帰る頃にはすっかり日も暮れて、ホテルに帰るバスから見えるサンホセの町にはちらほらとクリスマスのイルミネーションが灯り始めています。最後にほんとに馬鹿なことで大笑いしながら遊んで、ちょっとリラックスもできました。長旅でしたが、コスタリカは色々大きな成果がありましたし、ホンジュラスにもいい団体がいくつかあることもわかり実りの多い物だったと思います。じんわりと湧いてくる充実感を感じながら過ごした最終日でした。
というわけで、3人で交代で書いてきたこのブログですが、今日で最終日になります。長い間読んでくれた方々ほんとうのありがとうございました。
(でも、ひょっとしておまけのテキサス編あるかも!)



さてさて、今回の在外研修では日本に来た研修生・介助者以外にも日本の皆さんが会ったことがない人が参加しています。最後に紹介しておきますね。


今日誕生日のホセアントニオくん。ペレスセレドングループの新人です。
コスタリカでよくある、拳銃で撃たれて障害者になったケースです。


同じくペレスセレドングループのウィリアムくん。脳性麻痺です。


紹介済みだったかな?今年のウェンディの介助者エベリンです。
明るくていつも笑ってます。めちゃ好き。
グスタボの介助者ダビです。


ニカラグアのホセアントニオの介助者、エンリケくん。通称キケです。

サンドラの事務所の仲間ブランカさん

同じくサンドラの事務所からダルリンさん


ご存じアンドレイ。彼はペレスセレドンに住んでいるのですが、
会社の研修でサンホセに来たので、連絡をくれました。
最後の夜にやっと会えました。

2010年12月3日金曜日

国会フォーラム 開催!!

国会に入るところ。「アカン!こがれへん!うさみ!押して!」
の、最近おなじみの構図。






こんにちは。うさみです。

中米ブログも残すところあと2回。明日で最後です。

今日はサンホセでのメインイベント、12月3日の障害者の日に合わせて行われた、障害者自立法の国会フォーラムの日でした。このフォーラムは、コスタリカのメンバーが企画し、国会議員などを呼んで、障害者の自立について理解してもらい、障害者自立法のスムーズな決議を促すために開催されたフォーラムでした。もちろん、場所は国会です。コスタリカの国会の会議場でフォーラムをやれちゃうなんてすごいですね~。


国会の中庭。ヨーロッパ的でなかなか素敵でしたよ!


9時30分から始まったフォーラムは、まず、コスタリカメンバーのウェンディとルイスエルナンの発表から始まりました。

11月30日にペレセレドンのコンセホでのセミナーと同じように、障害者の自立運動の歴史や日本で自立の理念を勉強して自分がどう変わったのかという話をしていました。コスタリカメンバーの自立セミナーはほんとに上手で、日本のメンバーの出る幕無し!というくらい完璧でした。





みんな自信満々で前に出ている姿は、かっこよかったですよ~!!






その後、廉田さんがいつもの畑君のビデオを見せながら話をすることになりました。畑君のビデオは去年のコスタリカ訪問の時にいろいろな所で行ったセミナーで見せているので、会場の3分の1くらいの人は見たことある人でした。


畑君!さすが有名人!!
慣れた様子で説明をするアイダさん。
服もなかなかきまってますね!







いつもはビデオを見ながら廉田さんが説明を入れるのですが、コスタリカメンバーは自分たちで何度も自立セミナーをやっていて、畑君のビデオの説明も自分たちで出来るということで、今回はアイダにビデオの説明をやっ
てもらっていました。




突然お願いしたのにとても上手で、笑いを取るところでは笑いが取れていて、なかなかやるな~と思って見ていました。









ビデオの後は廉田さんが、コスタリカ国会議員などを前にして話をしました。障害の責任の話や障害者の介助は贅沢なものではなくて、国の公共事業と同じという話をして、国会議員の人はそれを聞きながらうなずいていました。





最後は国会議員の人のスピーチだったのですが


与党の議員アリシアさん

与党(PLM党)議員のアリシアさんは、

『自立法の内容を考えるときから、障害者の参画を考えています。この法律は私たちのものではなく、あなたたち(障害者)のものです。なにが必要なのかきちんと教えて欲しいし、一緒に作り上げていきたいと思っています。』と言っていました。

また、PAC党のエウゲニアさんは、『障害者の状況を悪化させているのは社会のせい』と認めた上で『文化にバリアがあると障害者の社会参画が阻まれるので、その文化を壊さなければならない。』と言っていました。これは障害者の自立運動に一致するなと思って聞いていました。

健常者が障害者の存在を無視して作り出した文化の中では、障害者の社会への参加、参画は難しくて、既存の文化を壊して新しい文化を作っていくことこそが障害者運動だから、そんなことを言ってくれる国会議員がいるコスタリカでの介助制度が出来る日はそう遠くないと思
いました。

国会議員みなさん



そして、フォーラム終了後、早速ウェンディとルイスエルナンが、与党議員のアリシアさんの所に行って、具体的に法律の中身を考える会議に障害者が出席できるよう話を付けてきていました。交通費の話も出来て、ウェンディは大喜びでした。

石橋さん曰く『あんなに嬉しそうなウェンディを初めて見た』と言っていました。

コスタリカのみなさん、これからが本番ですね。障害者が社会の中で阻害されることなく、持っている能力を最大限に発揮できる社会を作れるような法律の制定を目指して頑張ってくださいね。

法律作成の会議に入る約束を取り付けている
ウェンディさんとルイスさん




国会でもらったお昼ご飯。
コスタリカ味じゃなくて、普通のラザニアでとても美味しかったです。
テラスでみんなでお食事中。



午前中でフォーラムが終了し、午後からはグアテマラ、ニカラグア(ホセアントニオのグループADIFIM)、ニカラグア(サンドラ)、ホンジュラスとの個別の話し合いでした。
各国1時間の予定で考えていたのですが、最初のグアテマラで1時間半使ってしまい、
その後もちょっとずつ延びてしまって、結局終わったのが7時でした。

私は、終わってすぐにブログを書き始めているのですが、佐藤さんと廉田さんは爆睡中。かなりお疲れの様子でした。


簡単に言うと、まず、グアテマラは金銭的な部分で困っていて、活動することが出来ないという現状がありました。

ロレーナちゃんは「仕事を辞めて真剣に取り組もうと思ってやってみたけれど、日本からの支援はなにもないし、子どもを養っていかないといけない状況があって、この1年半は本当に辛かった。今は再就職している。けれど、グアテマラの障害者のために辞めるわけにはいかないから、たとえ支援がなかったとしてもやっていく」という決意になりました。


グアテマラとの真剣な話し合い。熱意がバシバシと伝わってきました。


「これから仲間集めをして、運動をしていって、いよいよ自立センターを立ち上げられそうというときには、テレビ会議をしてもう一度報告してください。」ということで落ちついたのですが、このグアテマラの話が一番長く、一番しんどかった話でした。

熱い想いに真剣に答える廉田さん。

次はニカラグアのホセアントニオさん。

ホセさんたちの活動は、形としては自立生活センターではないけれど、やっていることは自立生活センターそのものでした。障害者の介助制度の法律を国会で承認させたり、障害者の生活保障のための年金法案を提出してもらうようにしたり、障害者の特別医療制度を作ったりと、いろいろな活動をしてました。


そして、3人の一人暮らしをしている障害者に対して、今はボランティアだけど介助者を派遣していて、その養成も行っていました。

メインストリーム協会で行っているように大学をまわり介助者になってくれるように呼びかけて、そして養成するなんて自立生活センターそのものだな~と思って聞いていました。

次はまたまたニカラグアのサンドラさん。サンドラさんは昨日の話では、8人の障害者を自立させているという話だったので、それがどんな仕組みで行われているのか詳しく聞きました。
サンドラさんの団体はイギリスの団体から支援を受けていて、そのお金で介助者を雇い、パイロットプロジェクトとして障害者の自立を進めているとのことでした。3年間のプロジェクトらしく、その間に政府に対して介助制度を作るように働きかけないといけないみたいです。サンドラさんも、強力なリーダーシップでニカラグアの女性リーダーとして頑張っています。


最後はホンジュラスのカローラさん。



ホンジュラスは先週話を聞いているので大体のことはわかっていたので、そんなに突っ込んだ話にはなりませんでした。

でも、カローラさんが『2年前に日本行った時に、障害が治る薬があったら飲むかどうか聞かれて、そのとき内心は飲みたいと思っていました。でも、ゆっくりでも自立運動を進めていく中で、今は、はっきりと飲まないと言えます。

それは、私は障害があるから障害者のことをわかることが出来て、そのために今の活動があります。もし、障害がなくなったら本当に障害者のことをわかることは出来ないです。私から障害を取らないで欲しい。』とはっきり言っていました。

カローラはホンジュラスに帰っていろんな団体をまわり自立生活のことを伝えてきました。今でこそたくさんの仲間が出来て、ホンジュラスの障害者から『自立生活』の言葉を聞くことが出来るけど、ここに来るまでには孤独を味わっていたそうです。

でも諦めずに進んでいった結果がこの言葉なんだなと思うと、ジ~ンとして、その場所にいた日本人はみんな感動していました。これからもゆっくりかもしれないけれど確実に前に進んでいって欲しいです。

という感じで今日は一日終わりました。

明日はみんなで話をするのも最後!明日はどんな話になるのでしょうかね。私も眠たいので、ここら辺で終わりにします。ではでは。


めっちゃ私用ですが…。日本時間の今日(12月3日)は父の誕生日。電話は出来ないけど、ここで。お誕生日おめでとう!娘は頑張っていますよ~。お父さんも仕事大変だろうけど頑張ってね~!!



ではでは、失礼しました。



おまけ
なぜか、国会の中にあった顔出しのパネル。
とりあえず一枚取ってみました。

2010年12月2日木曜日

4カ国活動報告会  

こんにちは。佐藤です。

今日は4カ国の研修生の活動報告会でした。9時から5時までまる一日かけて、じっくり聞きましたよ。



トップはグアテマラ。
ロレーナとアンヘリカ、そして去年のニカラグアの研修には参加できなかったホセマリアの3人が報告しました。グアテマラはこの他にも2名が日本に研修に来たのですが、帰国後活動していないので、今回はこの3人だけとなりました。


日本での研修を終えて帰国してから、自立生活の理念を広げるためにいろんな団体をまわったこと、なかなか協力を得られなくて困っていること、自立生活のセミナーを企画していることなどが報告されました。特に訴えていたのは資金が得られないということです。デモを企画しても交通費が払えないから参加者が集められない、自分はこの活動をしたいのだが資金がないから給料がなくてできない、日本からの支援を得られないのか、という話が出ました。
ここは大事なポイントです。







廉田が、「日本からの資金援助をあてにして活動をするのなら、やらなくてもいいです。確かに生活費は必要なものだが、メインストリームがグアテマラのメンバーの生活を保障することは出来ない。この活動は本当に社会を変えたいと強く思わないと出来ない活動です」という趣旨のことを伝えました。
資金不足はどの国も共通の課題なので、金曜日のまとめの時にもう一度話し合うことにしました。


2番目はコスタリカ。


一昨日の話し合いで自立生活センターの立ち上げが決まっているので、発表は勢いがありましたね。ルイスアルベルトとマイノルがパワーポイントを使って報告していました。

マイノルが「20年後に他の国に自立生活運動を教えに行くことを夢見ている。いまは日本人が教えに来てくれている。将来的には私たちが他の国に出て行って協力できるようにしたい。失敗を沢山すると思う。いまは難しいがめげずに続けていくことが大事だと思っている」と言っていたのが印象的でした。
頑張れコスタリカ!



お昼休みを挟んで、3番目はニカラグア。


最初にホセアントニオが、自らが代表を務めるADFIMの活動を報告。重度障害者を探して自宅訪問をしていること、大学をまわって38人の介助ボランティア集めたこと、障害者年金制度の法律の制定を目指して運動していること、他団体と協力してコミニティレベルの運動を展開していることなどが話されました。











続いてサンドラ。
サンドラは昨年FEMUCADIという組織を立ち上げており、ここの活動の報告をしていました。










右奥の人は日本人です。念のため。



そして、最後はホンジュラス。このブログでおなじみのカローラが報告しました。

「私は日本に行って、人生が大きく変わりました。日本で自立生活を学んではじめて重度障害者が自立できると知ったからです」と言っていましたね。

印象的だったのは、
「私が研修を行うときのテクニックについて話します。3種類のシャツを持って行きます。会場に来ている3人の障害者の親に、私に服を着させてくださいお願いをします。すると、ひとりも私にどの服を着たいかを聞きませんでした。今日は暑いから半袖の服にしますねと、優しく私に言ってくれるが、私にどの服を着たいかは聞かない。向こうが判断している。そういうことをしてもらった後に自立生活とはどういうものかの説明に入ります」
バッチリですね~

この話をウエンディが聞いて、自分でアレンジしたものが、昨日ジセルがやったロールプレイなんだそうです。ナイスコンビネーション!

 5時までみっちりやって、今日のプログラムは終了。
僕は昼ご飯を宇佐見に買ってきてもらって会議室で食べたので、今日は9時から5時までずっと同じテーブルの前に座っていましたが飽きませんでしたね。それぞれ厳しい状況の中、頑張って活動している話を聞くのは、嬉しかったです。

 
 さて、実は今日はもう一つ重要なことがあったのです。
お昼過ぎに廉田がコンセホ(国家リハビリ特殊教育審議会)という国の機関に行ってきたのです。目的は、事務局長のアドリアーナさんに会って、今後の活動に協力してもらうように要請することです。

コスタリカは自立生活センターを設立することが決まったので、私たちはそれを支えるように資金援助の方法を探っています。日本の草の根技術協力という制度を活用できないか、廉田はこちらに来る前に日本の担当者に会って話を聞いてきたのです。
そこで問題となったのは、助成が終わった後にちゃんと残るものがあるのか、何も残らないようなら助成が難しいということでした。具体的には介助制度ができるかどうかというようなことになるのですが、それはやってみないと分かりません。確実に出来るとは、どの国だって言えませんね。
そこで政府機関のコンセホが、介助制度を作りたいと望んでいるか、それに対して協力してくれるかを聞いてきたのです。結果は、ぜひすすめたい、必要ならレターも書くと言ってくれたそうです。一歩前進しましたね~。土砂降りの雨の中、タクシーで1時間かけていった甲斐がありました。


 夜はバラバラの行動だったのですが、私たち日本人4人組みは、晩ご飯食べに外に出てきました。このホテルは街の中心地にあるので、ちょっと歩いたら名所があるのですよ。
ということで、今回の旅行で初めてのプチ観光。写真撮ってきましたのでご紹介。

国立劇場前。笑ってますね~


へんな彫刻発見! 上海万博へ行った人、わかりますか?
上海万博のコスタリカ館にどーんと展示していたコスタリカの有名な彫刻家の作品だそうです。
やっぱり笑ってるね~ 充実してるからね~

さて、今日はこれで終わり。
コスタリカ滞在もいよいよ残り3日。
明日は国会でシンポジウムと講演やってきますよ~